教師に望まれる「諦めないこと」の大切さ

本日の学校改善マネジメントコース(Mコース)の授業「教育と福祉の連携」は、ゲストスピーカーとして奈良少年刑務所の小西好彦教育専門官をお迎えしての特別講義でした。

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少年刑務所とは、殺人、強盗致傷、薬物乱用、性犯罪などの重い罪を犯した少年や青年たちを矯正・更正させる施設です。

いわば社会の最も矛盾を背負ったような青少年たちと日々向き合っておられるのが小西さんのような方々です。

困難な現場の第一線で、人を育てるという仕事に携わっておられる人の言葉は、重みがあります。

受講したMコースの先生方も、普段の自分たちの教育実践について振り返るいい機会になったようです。

多くの先生方は、「教師に望むこととして『諦めないこと』と1番最初に言われたことにハッとしました」といった感想を寄せられていました。

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また小西先生が、入院してきた子どもたちが「荒れている時が一番しんどかった。でも、荒れていた時には先生は近寄ってこなかった」と言うというお話しがあり、「学校の先生がもう少し話を聞いてくれさえしたら、うちにくる子の割合は減っている」と話されました。

諦めずに、冷静な視点をもって、子どもの話を聞くことが、非常に大切だと理解することができました。

そして、教師が子供の気持ちに寄り添って話しかけることで,子供たちの心に響き,信頼関係を築くために「気持ちにかける言葉」を意識して子どもに語りかけることも大切だと教わりました。

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講義では、どのように客観的に子どもを分析するのかについても、教わりました。

学校現場で、家庭で、これから生かしていけそうな視点を獲得できた大変ためになる授業でした。

小西好彦教育専門官、本当にありがとうございました。

【追記】

支援が必要な子どもやその保護者については、教員だけではなかなか対応が難しいケースもあるため、そこは学校内外との連携が必要ですね。(すでに他の授業時間でも確認されていることではありますが)

例えば、児童福祉司として支援する側にいた経験のある、山野良一氏もなかなか一般的な「かわいそうな子ども」像には当てはまらない、あるいは「大変な家庭」像には当てはまらないような人々への支援の難しさを、「健気ではないかもしれない」という言葉で表現されています。同様な「支援や対応の難しさ」に関することを、『難民高校生』の著者で、女子高生などの若い女性支援のNPO活動で知られる仁藤夢乃さんも、その著作の中で語っています。「健気ではないかもしれない」児童生徒、保護者を前に、どのように対応していくのか、あるいは学校はどのような役割を果たせるのか、については今後もっと議論を深めていきたいところです。

引用文献

山野良一(2015)「健気ではないかもしれない親や子どもたちのために学校ができること」『授業づくりネットワーク 格差と授業。』藤川大佑編、No19. 通巻327号、学事出版、50-53ページ

仁藤夢乃(2013)『難民高校生ー絶望社会を生き抜く私たちの「リアル」』英治出版、(2014)『女子高生の裏社会ー「関係性の貧困」に生きる少女たち』 光文社新書

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